南海ホークスを知っていますか?

南海ホークスの黄金時代、昭和30年代

 昭和30年代、大阪球場の南海対西鉄、南海対大毎のカードは入場券がなかなか手に入らず、ファンは早くから球場前に列を作り、入場券の発売を待っていた。
 南海は400フィート打線、西鉄は水爆打線の異名があった。パワーにはパワーの剛の対決時代であった。強打者だけではなく、好投手もずらりといた。南海だけでなく、パリーグの黄金時代でもあった。ファンは胸をときめかせ、又、白熱の勝負に緊張したものだった。
 それが、昭和40年代に入って、大毎が東京となり、やがてロッテに売却された。西鉄も経営不振から身売りをした。南海ホークスも創立50周年でプロ野球史にピリオドを打った。栄枯盛衰は世の常というが、南海ホークスの全盛期を知る者として実に寂しい。
 本拠地の大阪球場は取り壊されるが、杉浦投手、野村捕手他名脇役の選手の面々のプレーが頭の中で今も続いている。あのスマートなグリーンのラインのユニフォームと共に目に浮かんでくる。

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